2009年01月08日

『ローリング・ストーンズ』 初来日公演の想いで。

長倉です。

今日は忘れられない『ローリング・ストーンズ』 初来日公演の思い出 を。

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1990年2月14日。僕は東京ドームいた。17年間待ち続けたローリングストーンズ公演初日だ。メンバーの過去の麻薬遍歴により、来日は不可能と言われていた。しかし、日本武館でのライブ(1973年1月28・29・30・31、2月1日の計5公演)を正式に発表した。実際にチケットも発売されるが、昭和48年1月8日、過去の大麻不法所持を理由に外務省が入国拒否を発表、メンバーのピザ申請を却下する。

現在公開中。ローリングストーンズ「シャイン・ア・ライト」⇒http://blogs.yahoo.co.jp/consulting012/57355795.html 

以下、『ローリングストーンズ初来日公演』より転載させて頂きました。
http://makunishi.hp.infoseek.co.jp/data/data024.html


誰もが認める世界最高のロックバンド

音楽の教科書にも採用され、クリーンなイメージのビートルズに対し、不良っぽいイメージでライバル的存在だったのがローリング・ストーンズ。同じ学校に通う幼なじみのミック・ジャガーとキース・リチャーズを中心に結成され、デビュー・アルバム『ローリング・ストーンズ』がいきなり全英1位を獲得。その後も1965年のシングル「サティスファクション」など、次々とヒット曲をリリース。ビートルズが解散してからも精力的なコンサート・ツアーとアルバムを発表し続けました。
日本でも多くのファンを獲得し、時はバンドブームの真っ只中、影響を受けたバンドは数知れず。
好景気を反映してマイケル ジャクソン、マドンナなど大物外タレ来日が相次ぐ中、最後の大物として来日公演を望む音楽ファンは多かったものの、メンバーには麻薬で逮捕された経歴もあり、来日は不可能とまでいわれていました。

転機が訪れたのはわたしたちが高校2年の1989年、ストーンズがアルバム「Steel Wheels」を発売し、7年ぶりとなるアメリカツアーもあわせて行いはじめた頃からです。
とくに幕張メッセのオープニングイベント(10/9・10)の様子を一般各紙が報じていた10月11日、スポーツ新聞芸能欄は一斉に「1991年5月ストーンズ来日決定!?ドーム10回公演か?」と報じるなど、様々な憶測が飛び交うようになりました。アルバムも出た、ツアーも始まった、既にミック単独の来日公演は済んでいる…。ローリングストーンズ初来日公演への下地は着々と出来上がっていったのです。


熾烈極まるチケット争奪戦

高校2年の冬休み期間中の1月6日(土)全国紙朝刊に突然ストーンズの来日公演チケット発売広告が掲載されました。目を見張ったのは東京ドーム10回公演50万人以上を動員する規模の大きさと1万円!というチケットの値段。当時の日本人バンドのチケット相場が3千円、あのエアロスミスですら6千円だったことを考えるとこれは破格の値段です。ましてや時給600円程度の収入しかない高校生にとっては相当な大金。3学期がはじまった学校では「どうする?行く?」「しかし高いよなぁ…」「でも行っておかないと…」と、音楽に対する忠誠心を試しあっているかのような場面が繰り広げられました。

世界一のロックバンドの初来日は連日新聞・雑誌をはじめ、おばさん相手のワイドショーでも特集が組まれ、当時大人気の宮沢りえと並んで大塚製薬のCMにも起用されました。社会現象ともいうべき状況を呈した挙げ句、発売前日の1月12日(金曜日)には、明日からの発売に関する問い合わせだけで都内の電話回線がパンク、苦情がNTTに殺到します。
混乱を避けるためチケット発売日は1/13・14二日間に分け、購入枚数は4枚までと制限されたにもかかわらず、チケットぴあが入居している千葉そごう・千葉三越には徹夜組を含む行列がデパートを一周、NTTの対策もかなわず都内の電話回線は終日パンクし続けました。50万人分のチケットは即日完売。1990年1月16日(火曜日)の学校では、電話が繋がらなかった生徒からはNTTとチケットぴあに対する恨み節も聞かれ、数々の禍根を残すこととなりました。


17年越しの初来日公演

そしてついに1990年2月14日(水曜日)、日本中が17年間待ち続けたローリングストーンズ公演初日を迎えます。
そうか、この日は高校2年、17歳のバレンタイン・デーだったんですね。チョコをあげようかあげまいか迷っていた人、勇気を出して渡した人、どうしても渡せなかった人、たくさん貰って困った人、例年通り母親と姉妹からしか貰えなかった人…いろんな人がいました。その一方で、ストーンズ初来日に期待を膨らませていた人たちもいたようです。

SE Continental Drift
1 Start Me Up
2 Bitch
3 Sad Sad Sad
4 Harlem Shuffle
5 Tumbling Dice
6 Miss You
7 Ruby Tuesday
8 Angie
9 Rock And A Hard Place
10 Mixed Emotions
11 Honky Tonk Women
12 Midnight Rambler
13 You can't always get what you want
14 Can't Be Seen
15 Happy
16 Paint It Black
17 2000 Light Years From Home
18 Sympathy For The Devil
19 Gimme Shelter
20 It's Only Rock'n Roll
21 Brown Sugar
22 (I Can't Get No) Satisfaction
23 Jumpin' Jack Flash

客電が落ちた瞬間、悲鳴にも似た大歓声が東京ドームを包み、オープニングSEの『Continental Drift』が流れ始めました。左右のスクリーンには高い炎が映し出され、ステージ後方からは4本の青いサーチライトが天井を照らします。スモークが噴出してストーンズの登場をいまかいまかと気分を盛り上げていく・・・。
そして『Continental Drift』がテンポアップ、耳をつんざく大音響を伴ってマグネシウムが爆発しました。あまりの衝撃に何が起こったのか?と思わず目を閉じてしまいステージが見えなくなったのもつかの間、間髪いれず『Start Me Up』のギターイントロが響いた時には、メンバーがステージ上に登場していた…。
今もストーンズファンの間で語り継がれる名場面です。

たたみ掛けるように続いた2曲目『Bitch』後のMC、ミック・ジャガーが日本語で「日本の皆さん…わたしたちは…日本に来るのを…何年も待ちました」と叫んで『Sad Sad Sad』へなだれ込むシーンでは、昭和48年幻の初来日が頭をよぎったのか、感極まる中年男性もいました。

圧巻はステージ後半、アメリカ・ツアーでは見られなかった日本公演だけのメンバー紹介でしょう。バックバンドメンバーに続き、ギターのロン・ウッド、ベースのビル・ワイマン、ドラムスのチャーリー・ワッツの順でストーンズメンバーがミック・ジャガーから紹介され、最後に「guitar, Keith Richards!!」と叫ぶと、スポットライトを浴びたキースがローリングストーンズの存在そのものを象徴する名曲『It's only rock'n'roll,but I like it 』のイントロを奏で始めたシーンで、観客の興奮は頂点に達しました。

※右記の曲目リストは2月27日公演分のものです。

アンコールの『Jumpin' Jack Flash』が終わるとメンバー5人がステージ中央に集まり、両手を高々と上げて訪れた観客に別れを告げ、ステージの向こう側へ去っていきました。この瞬間「待望」、「念願」、「夢にまで見た」そんな修辞をいくら並べても足りない、足掛け17年にわたるローリングストーンズの初来日公演は幕を閉じたのです。



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posted by 平和開発 at 21:27| 神奈川 晴れ| Comment(0) | TrackBack(1) | 長倉レンジのブログ。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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